伝 養老4(720)年創立  米子八幡神社の遷宮と棟札文化
      

         伯耆之國・八幡神社(八幡神宮)創立~奈良時代・伝 養老4年(720年) 元正天皇(女帝)

 2019(令和元)年 7月07日(日)更新


棟札・神像一般公開説明会
平成25年4月14日)


<書籍紹介>棟札研究報告の一部



   「天井裏の文化史ー棟札は語る」(佐藤正彦著 講談社 1995年2月10日)



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現在、その内容を当社HPメニュー「研究業績一覧」において、シリーズで紹介しています。


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  日野川物語 中海テレビ     米子八幡神社

平成26(2014)年9月放映


  伯耆町テレビ 探求心 朝凪夕凪 八幡神社参拝法  コミックパターン編
平成26年(2014)年12月


                        八幡神社の歴史と文化 鳥取県民チャンネル
                                   2011年7月
                 ■原豊二准教授 対談 内藤和比古宮司
               
  (原豊二氏 ノートルダム清心女子大学准教授)

 
日本海新聞
 平成26年6月11日(水)

米子八幡神社 蟇股調査
 伯耆町TV放映・調査実況中継  

平成26年8月23日 更新情報

 
鳥取県立博物館データベース
米子八幡神社の狛犬

  


昭和の遷宮から50年ー平成28(2016)年の遷宮へ

伝創建・養老4(720)年から1300年

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年間行事・祭祀 

 
 


七月の花「ダリア」


 参拝と手水の作法
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八幡神社境内散歩


奈良・平安時代の古からつづく祈りの地、大山を望む米子八幡神社とご神域に内在する神々の霊威と神通力の源泉を探ってください。伯耆の国の歴史と精神文化等の一端をHPなどを通じて知る。   
御寄進のお願い 

平成28(2016)年 
  米子八幡神社遷宮     

遷宮奉賛会

 御寄進趣意書

◇郵便口座◇
 
01370-1-51356
  八幡神社

 昭和の遷宮から50年平成の遷宮へ 
奈良時代創立の時代からの
いにしえ(古)の祈りを現代に


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八幡神社社務所 

<八幡神社所在地>

 住所:〒689-3535
 鳥取県米子市
 東八幡   276  
          地図リンク

 電話:
 0859-27-0339
 FAX

 0859-27-0339

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八幡神社を知る関連リンク
(映像含む)
 

「県史だより」が語る 八幡神社

・「西伯耆の戦国武将と神社
ー米子市八幡神社の唐櫃をめぐって」


鳥取県立博物館     

鳥取県公文書館     

ファンタジー山陰の古代史 
(米子周辺&山陰地方の
古代から現代まで)


『伯耆会見風土記』-山陰研究センター
論文データ・ベース(原豊ニ)

 □山猿の思うこと Yahoo!ブログ
 (伯耆大山を望みながらの地に
米子八幡神社)


□出雲街道をゆく(映像)   

出雲街道ー街道歩きの旅

出雲街道ぷらぷら     

出雲街道から       
(ノートルダム清心女子大学
准教授大学原豊ニHP)


米子八幡神社を訪ねて(Lablog 2B)
鳥取環境大学浅川研究室


「出雲の四季」ブロ   

宇佐八幡宮         

石清水八幡宮        

伊勢神宮
         
         




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 米子八幡神社の棟札文化


藩主生誕祝賀の棟札   文政11・1828年



  八幡棟札研究論文

八幡神社棟札に見る
形態・内容

中世伯耆・出雲
「八社八幡宮」

    千葉工業大学准教授・藤木竜也




   八幡棟札についての 調査報告書


八幡神社所蔵棟札についての調査報告書
(天正・文政・元文年間棟札)

2013年4月13日

千葉工業大学准教授・藤木竜也





戦国期の棟札・杉原文書

(八幡神社所蔵)






江戸元禄7・1694年  八幡所蔵棟札


(八幡神社所蔵)





  □「八幡神社所蔵古文書等調査報告   ~八幡神社の歴史と由来
      
     鳥取県立博物館学芸員・大島陽一
     平成26年4月13日(日)
     
(「春祭ー七十五膳の神事」企画)





  □「式年遷宮と神社建築について語る」

     出雲大社遷宮棟梁・後藤史樹氏
        平成26年4月13日(日)
   
(「春祭ー七十五膳の神事」企画)





   □八幡神社の建築を見る
      平成26年4月13日(日)

   千葉工業大学准教授・藤木竜也
      (「春祭ー七十五膳の神事」企画)
  

   藤木講演資料

                           戻る

 米子八幡神社の歴史と由緒


   平成28年―八幡神社遷宮
  
 平成25年度は、60年ぶりの出雲大社遷座祭伊勢神宮の20年に1回の式年遷宮が話題となった。米子八幡神社でも、平成28年(2016年)の遷宮にむけて準備が進められている。

 社殿や本殿は当社の永い歴史の中で定期的に改修されてきた。

 出雲大社の遷宮や伊勢神宮の式年遷宮が、我国の重要な宗教的・文化的出来事として大いに話題となっているが千年来、遷宮を今日迄続け、その軌跡を示す棟札文書記録などの明確な証を大量に有している神社は歴史的に貴重な存在である。

 出雲之國と異なり歴史的空白をもつとされる伯耆之國の歴史を、国史跡・上淀廃寺や国内最大規模の弥生集落遺跡群・妻木晩田(むきばんだ)遺跡の存在とあわせ、霊峰大山を仰みる八幡神社の創立以来の祭祀といとなは、伯耆之國の歴史や文化と深くかかわってきた。その八幡神社の遷宮とは、「今生きる人々の祈りの源流を辿り、再確認する」いとなみでもある。

 天皇・天下人・鳥取藩城主(守)から、民衆からもこの地方・地域の総社として、人々の信仰と心の支えとされてきた当社とその御祭神に対する創建以来の尊崇の祈りがこめられている。

 遷宮は神様も人も心を一新する「よみがえり」の意味もあると伝えられている。遷宮によって「ご神体が鎮座した時の喜びを、現代に再現し始まりの時に戻る」と云われている。      

創建以来1293年もの悠久の時空を経て今なお存在し、国家安泰と五穀豊穣、地域の人々の生命と生活への深い願いと祈りを込めて毎年繰り返されてきた米子八幡神社=「八幡さん」の祭祀。

 この祭祀(=祭・まつり)と来るべき遷宮~平成28年を通して、その喜びと清浄な祈りを、後世の人々に繋げていきたいと思う。     

                           


(本殿妻飾り)
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 八幡神社遷宮の歴史

  米子八幡神社社殿年譜
  (千葉工業大学准教授・藤木竜也作成)

                                


     建物を二つつなげた 八幡神社造り

[神社建築]本殿様式[八幡造]

八幡造りは宇佐神宮代表される独特の建築様式を指す。白壁朱漆柱をもつ切妻造り・平入りの華麗な建物を前後に二棟並べ、両殿を「相の間」でつなぐという、真横からみると「M」字に見える様式になっているのが特徴である。
                
手前の建物を「外院」、奥の建物を「内院」と呼び「相の間」を幣帛(お供え)などを捧げる幣殿(へいでん)とされている。           
この「外院」と「内院」の関係は、一般の本殿と拝殿の関係とは違うもので、内院には御帳台(みちょうだい)が置かれ、祭神を祀る一方で、外院には御倚子(みいし)と呼ばれる椅子が置かれここにも神が降りられるのである。                         
神は、昼は外院におられ、夜は内院に移られるとされるため、どちらの建物もむやみに人が立ち入ることを許されない神聖空間となっている。


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  創立と由緒
    養老4(720)創立~その時代
社伝・古文書によると、八幡神社の創立は養老4(720)年である。研究者や史誌によっても、「創立は少なくとも平安時代後期まで遡る。」といわれている。平安後期とされる神功皇后像などの神像群が発見されていることなどから、当時、このような神像を制作ないし奉納を受ける大社は、それなりの格式と伝統を持っていると推認できることから、奈良時代・養老4年創立とそれ以前の土地の神々への信仰の存在とゆかりは、八幡神社前史として、ほぼ間違いないものと考えられる               
天智・天武天皇~聖武天皇の時代持統・元明・元正天皇 (女帝時代)=歴史人2012・11月号                      

米子八幡神社の創立沿革

聖徳太子が四天王寺を建立する際に百済から呼寄せた工匠金剛重光を始祖とする宮大工集団企業・金剛組の本社殿・拝殿調査報告書(平成23年2月17日)は当社について2.創立沿革で以下のように記している。       
         
*金剛組

「社伝に拠れば元正天皇の御宇、養老4年(720)9月の創立にして、その後の後鳥羽院の御宇、源頼朝の再建と伝える。古来より地方の大社として、朝廷や武門武将から信仰は特に厚かった。                 

元弘3年(1333)、後醍醐天皇が船上山に潜行の際は、当社神主の巨勢宗國が参加し、忠誠を尽くし綸旨(りんじ)を賜った。(中略)


また「江戸時代には、京都吉田神道の組織下でこの地域の総とりまとめとしての役割を担っていた。」                     
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       「歴史探訪解説」  (平成6年)

八幡様と銘 
紀朝臣河岡山城守久貞公

    (平成6年:1994年「歴史探訪解説」)

  • 八幡宮之鎧櫃                               
  • 内藤社家の歴代(神祇神霊位)                   
  • 八幡神社棟札(1.書上帳記載の棟札 2.現存せし主要な棟札)             

  • 明和八年~慶応二年までの遷宮役員                
  • 諸大名割拠の略図 二(永楽十二年の国々)            
  • 報道資料:探訪伯耆天満山城 尼子、毛利氏が争奪合戦                      
      
  • 鳥取県歴史散歩新全国シリーズ三十一 坂中廃寺
                              
  • 報道資料・日本海新聞
    「河岡城主の子孫・山本さんが鎧櫃の外箱を新調・八幡神社へ奉納(1994年・年7月6日)」
              
  八幡宮之鎧櫃(外箱平成六年に新調)

         

    鳥取県・公文書館『第62回県史だより』
「西伯耆の戦国武将と神社-八幡神社の唐櫃を巡って」


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  □「八幡神社所蔵古文書等調査報告   ~八幡神社の歴史と由来

      鳥取県立博物館学芸員・大島陽一
         平成26年4月13日(日)
       
(「春祭ー七十五膳の神事」企画)



  □「式年遷宮と神社建築について語る」

     出雲大社遷宮棟梁・後藤史樹氏
      平成26年4月13日(日)
    
(「春祭ー七十五膳の神事」企画)



   □宮大工・後藤史樹氏の蟇股調査 

      日本海新聞 平成26年6月11日(水)
 
      伯耆町TV放映・調査実況中継



     □八幡神社の建築を見る
           平成26年4月13日(日)

     千葉工業大学准教授・藤木竜也
         (「春祭ー七十五膳の神事」企画)
  

         藤木講演資料


 
   □近世・近代の「和綴もの」    米子八幡神社所蔵文書調査(中間)発表 
平成26年4月

 
 米子高専・松崎安子氏



     □山陰地域の三十六歌仙

  国文学研究資料館紀要 文学研究篇第40号 

    原 豊二(ノートルダム清心女子大学准教授)
2014(平成26)年3月

 
     八幡神社と源氏物語   

   『もっと知りたい池田亀鑑と「源氏物語」
     第2集(新典社 池田 鉄也 編)

    
  「伯耆地方の古典文学(執筆)」 原 豊二

 
 
八幡神社に伝わる『源氏物語』三冊(写本)、桐壷巻が二冊、箒木巻が一冊~これらについて紹介



   
    □八幡神社と三十六歌仙額
        初代米子城主 中村一忠公奉納 三六歌仙額 (1605年)

原 豊二 ノートルダム清心女子大学准教授 
   2011年11月1日「八幡神社と三十六歌仙額」


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  戦国期梵字棟札

 (八幡神社所蔵)






戦国期の梵字棟札







  棟札・元文期  八幡所蔵 
                 




正徳期の棟札下部

(八幡神社所蔵)



 



日野川の悠久の流れとともに
古より鎮座し霊峰を
仰ぎ祈りつづけた
米子八幡神社の歴史




「八幡さん」

天皇・秀吉・米子城主も祈願



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誉田別命を描いた掛け軸、見つかる

米子八幡神社 11年9月14日 日本海新聞)





報道と八幡神社
クリック:見る↓
新聞・雑誌

中外日報「女神像を社殿床下から発見
神功皇后の像か」米子の八幡神社
(平成25年4月25日)



「山陰最古級の立膝女神像が米子市の
八幡神社で見つかる」
(『歴史人』2012年No.7月号)



「山陰最古級の女神坐像 八幡神社 
平安中期の作」
(2012年:平成24年4月15日朝日新聞)



誉田別命を描いた掛け軸ー 見つかる
(2011年9月14日 日本海新聞)

鳥取県民チャンネル(2011年7月)  
映像版


八幡神社所蔵・掛け軸(一部)
片山索準齋守規の作品(江戸後期)

ヤマタノオロチ
(八岐大蛇、八俣遠呂智、八俣遠呂知)
ー日本神話に登場する伝説の生物



                     
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